あらゆる悩みが解決する!?自殺の肯定~最悪を受け入れる覚悟~

      2019/01/22

 

当記事は、あらゆる心の悩みの解決に有効だと著者の信じる「最悪の可能性を覚悟する」という考え方を紹介しています。

 

① 私自身の精神的な問題解決についての考え方について書いた以前の記事と、

② 人生を「第三者が作っているものなので自分には責任がない」とする私の考え方を紹介した記事

上の2つの記事に次ぐ、第三弾で、①と②を読んでくださった方からのメールに対する返答を基にしております。

 

 

「起こるかもしれないと自分が思ってしまっている最悪なことについて、ただただ目を背けて考えないようにする」というのは、むしろその恐怖について、いつも無意識に認めてやって、エサを毎日与え続けるような状態になっていたのかもしれない、と、私は今になって思います。

恐怖を見ないように見ないようにするのではなく、反対に最悪な事態が起こってしまうかもしれないと覚悟した上で、それが起こったとしても幸せになり得るのではないか=「離人症が治らなくても幸せ」はあり得るかもしれない、と思って日常を送り始めてから、私の場合、心境に大きな変化が生まれていきました。

離人症が治った私の体験談。病院や薬と無縁で克服した治し方。より根本的な心の問題とは? | and-Hello.com

 

私は、上のように以前の記事で書きましたが、この「最悪を覚悟してしまう」という考え方は、悩み解決の王道のようでして、ラッキーにも私自身が経験則でいつのまにか実践していたことが、悩み解決本においても「とても大切な考え方」として書かれております。

デルカーネギーの「道は開ける」という本(下)があり、この中でも、最悪の可能性を受け入れる大切さが説かれており、とても参考になります。


さて、私の以前の2つの記事を読んでくださった方から頂きましたメールでは、

 

精神的な悩みが消えないことへの不安は薄れても

「もし悪化してしまったら」、という恐怖はやはりぬぐえない、というようなことを書いて下さっておいででした。

 

 

その方へのご返答といたしまして

ここでも、「最悪の可能性を受け入れる」という同じ考え方で良いのではないか、とお伝えさせて頂きました。

 

私だったら、「精神状態は悪化するかもしれない」ということは、あえて積極的に考えて、最悪の場合に起こることを完璧に紙に書くなり、スマホやPCで自分あてにメールするなりして、ある意味、予約しておきます。
そして、それらが起こったらどうしよう?ということも、あえてガンガン考えておきます。

 

多分、死にたくなるほどつらい状況になるかもしれません。

そしてそれがどれほど辛いことなのか、わからない私だからこそ、簡単に上のようなことを提案して言えてしまっているのかもしれません。

 

 

ただしこれが私のやり方で、相当に悩みが深かった私が復活して楽しく生きている今を作っている大切な考え方なのです。

 

 

引き寄せの法則、みたいな言葉がありますので、あまり意識し過ぎない方が悪いことは起こらないのでは?

などの考え方もあるでしょう。

 

ただし、逆に、実際は無意識にいつも抱えている恐怖なら、意識という光の中にあえて引っ張り出すことで、消えるような恐怖もあると思うのです。

 

 

 

好き嫌い、合う合わない、タイミングがあるので、ピンとこない方には今は合わない考え方だと思うのですが

あくまで私にとっては、恐怖の対象とは、見ないようにするのではなく、「あえて見る」ものなのです。

 

あえて見るからこそ、恐怖はそこで高止まりする、というようなイメージです。

 

最悪を想定するとして・・・

「もし、精神の病的な状態がもっともっと強まってしまったとしたら、私は死んでしまうほかはない」

そういう考えに至るかもしれません。

 

 

ここでの、私からの正直な提案としましては

 

ご批判やお叱りを受けるような表現であろうと思いますが

 

 

ですが

 

私だったら、自殺を選びます。

 

 

もしも物凄い苦しい状況になって、解決策も見えなければ、私は何をするか?自殺します。

これは、実は私がなかなか記事にはできていなかった大切な考え方です。

 

ひどいことを言う人だと思われるかもしれませんが、少しまだ聞いて頂ければ嬉しいです。

 

 

 

人生のすべて、自分自身が何を思うのかについてさえも「製作者のせいにすればいいじゃん!そしたら楽じゃん!」というようなことを私は、上の②の記事にしました。

 

 

頂いたメールでは、その記事の内容について

 

・製作者のせいにすることは、無力感につながるかもしれない

・製作者がハッピーエンドを意図しているとは思いこみにくい

 

というようなことを書いてくださいました。

 

 

 

こちらについても、「最悪の可能性を受け入れ、覚悟する」という選択肢を私は選びます。

 

「精神状態は悪化するかもしれない」というのと同様で
「製作者は悪意で自分や世界を生み出したかもしれない」というのも本当だと思うのです。

 

だから、これも恐怖の対象になり得る。

 

そして、最悪の事態とは、なんでしょうか?

「死にたくなるほどつらい精神状態になってしまう」ということではないでしょうか?

 

 

もしそうなったら、自殺しちゃえばいーじゃん!

これが、私が私自身に対していつも伝えてあげている考え方です。

 

例えば、もっとわかりやすい例でいうと
何かの間違いで、テロリストや犯罪者につかまってしまい、明日から拷問の日々が待っているとします。

 

私は痛いこと、苦しいことが大嫌いです。
だから私は拷問が世の中で一番嫌いです。(・・・もちろんされたことありませんが)

 

なので、もし明日からその痛みと苦しみが続くと解っていて、すぐに開放される希望もなければ、私は自分可愛さのあまり、自分を殺して予防してしまいます。
(もちろん、そういった状況下では簡単に自殺をさせてもらえない環境におかれるのが現実なのでしょうが)

 

 

とにかく、私にとって一番大切なことは自分を一番に愛することであり
自分が苦痛を味わい続けるような人生なら、願い下げじゃい!!って思っているのです。

 

そうして、こう思えるようになってからは、とっても人生が楽になりました。

 

 

下の文章は、私が自分自身で毎日、起きたら読むようにしているメモから抜粋、一部変更しました。


・最大の自己愛を持つ=今どんな自分かによらず、誰に生まれていたかに関わらず自分を愛すること=全ての存在者が幸せである
・製作者の善意を信じることで、この全ては良くなるために存在していると信じることが大切

・製作者の善意を信じるとは、「世界のニュース、自分の気分やインスピレーション、思考内容、身近な人の言動などもすべて製作者の良い意図によるもの」だと全面的に信じ、それを受け入れ、そのフローに乗る。
・製作者の善意を信じるための条件として、もしあまりにも最悪な状況になる場合には、全てを投げ出し命を絶ってもかまわないという自由を自分自身へ与える。
・嫌な気持ちになったならば、製作者の善意を信じなおすところへ戻る。

 

「製作者よ、あなたがこれを生んだのだから、あなたが全てを良くしてください。
もししない場合は、この物語の主人公が命を絶つことで、終わりにしてしまいましょう」

という条件を持つことで、単なる妄信ではなく、良い世界ならば楽しむ、という主体性を保つ。

—抜粋ここまで。

 

自殺はダメ というのが、あらゆる社会やコミュニティでまだ当たり前な時代ですが
安楽死という考え方は昔からあり、法整備が進んでいる国もあります。
コンセプト自体は、おかしくはありません。

 

そして大切なことはとにかく

最悪の場合には、こんなもんいるか!って投げ捨ててやるぞこのやろー!的に、製作者に対して、自主性を保つという部分です。

 

恐怖に追い回されるのではなくて、主体的に自分で、メリットとデメリットを天秤にかけて
楽しいから今日も生きるぞ! っていう決断を、私は毎日するようにしています。

 

 

次の文章も、私のメモの一部です。

★なぜ自分は今日、人生を終えようとしないのか?何が良いから生きるのか?

★今、あえて人生の主人公(自分)にとってネガティブな事象、最悪な事態を挙げるとすると、なにが挙げられるか?

(主人公にネガティブな思いを抱かせ、恥をかかせ、傷つけ、無視し、非難し、裏切り、悪意で関係者にさえ害を与えてくる彼らこそが、心を成長させ、最善なる未来へと導いてくださる最も大切な方々で、製作者からの最も重要なメッセージ。彼らを中心に、起きている森羅万象すべてを製作者からの良い知らせだと捉え感謝する)

 

—抜粋おわり

上の質問を自分に毎日投げかけ、答えられるようにしています。

上のかっこの中の文章は、私の勝手なポジティブな解釈ですが、結局は、恐怖などのネガティブ系の感情は、感謝とか、心が安らぐ系の感情でコーティングしてしまうのが良いと思っておりますので、それも習慣化しています。

 

 

例えば、下記も私の毎日のメモの一部です:


★感謝できる対象:

多くの知らない人たちのおかげで、自分や自分の大切な人たちの生活が守られていること
今日を生き抜けるだろうほどに健康なこと
目が見えること
歩けること
今日、食べるものがあること
親に対して、自分を生み育ててくれたこと
先祖に対して両親や社会を生み育ててくれたこと
自分に対して、今まで生き抜いてきたこと
自分を大切に思ってくれる人がいること
今夜、寝るところがあること
呼吸ができること
製作者と自分に対して、この全てについて

〇〇がいること
〇〇さんがいること
〇〇のおかげで自由に生きれてること
信頼してくれる人達がいること

—抜粋おわり

 

〇〇の部分は匿名にさせて頂きましたが、今の私個人の日常の幸せで、世話になっている人を具体的に私は書いています。

 

 

勝手にいろいろ公開させて頂きましたが、本音しか語っておりません。

私によかった考え方が、お読み下さっている方にも参考になる部分があれば幸いです。

 

 

私の過去のコチラの記事「感謝の投票 ~ありがとう~」でも、感謝の効能など記載しております。

 

 

 

 

 

 

自殺肯定の話に戻ります。

 

実際、「最悪なことになったら自殺をしちゃえばいいじゃん!」って普段から思えてる人は

きっと、自殺するよりも他の選択肢をいつまでも保持することができる精神状態を保ててる人だと思っています。

 

 

自殺を実際にする人達は、だんだんと現実的な選択肢が少なくなっていって
視野が狭くなっていって
最後は、「〇〇か死か」という二択に追い込まれ、死を選んでしまうものだ、と、内観(上の感謝の投票記事でも紹介)で著名な方のお話で聞いたことがあり、自殺未遂経験のある私自身も同意します。

 

 

 

普段から自殺を選択肢にあえて自分から持つことのできている自由な精神の持ち主は
きっと、

 

でも死ぬくらいならじゃあ仕事に行かないで放棄しちゃえ!

引っ越しちゃえ!

旅に出てしまえ!

 

逃げちゃえ!

 

など、他にも苦しみから逃れ、生き延びる方法など、たくさん選択肢を持てると思うのです。

 

最悪なのは恐怖に動かされることであり

恐怖に追いやられて少しずつ選択肢を奪われた人に最後に残されるのは、本当に自殺かもしれません。

 

恐怖に自分で立ち向かい、最後は命まで投げ出したるわい!と開き直って普段から思えてる人は

むしろ、恐怖に対して精神的に扱う対象としている分、主体性を保てており、精神的にも安定しやすいと思うのです。

 

 

 

 

「最悪の場合は自殺をすることを、自分に認めてしまえばいい」

 

身内を自殺で失くした友人からは、上のことを表現することに対して、とても注意深さが必要とされるということを教えて頂きました。

 

現在読んでくださっている方に対し、私の想像に及ばぬ形で、不愉快な思いをさせてしまった可能性もあるかと思いますので、もしそうであれば謝ります。

 

ただし、どうしても私としては、上のことが私と同様、多くの人にとっても救いとなる真実なのではないか?と思ってしまってもおります。

 

 

 

 

自殺を認めるところまで、極端に考えるかどうかはさておきましても

 

恐怖から目をそらすのではなく、ガンを飛ばす勢いで恐怖をがっつり見て、その実態を把握し、最悪な事態が起こる場合にとる行動計画についても覚悟して毎日を生きることで、もっと心が軽く楽しい日々が送れるのではないか、ということは、万人にとって真実だろうと信じております。

 

 

メールを頂くことができたので、結果、上の文章を記載できました。

この場にて、あらためてお礼を申し上げたいと思います。

 

 

また、私の文章を読んでここまで読んでくださいましたあなたからも、「こんな風に思いました」など感想やご意見などコチラから頂けますと、とても励みになります。お互い匿名のままという条件のもとで意見交換などもさせて頂ければ嬉しい限りです。






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