単なる全て

   

 

 

「なんにせよ、この全てだけが、全てだろ」

 

 

漠然とした不安を感じる朝

 

なんとなく抵抗感の強い物事に直前する時

 

 

 

思い返したい心の原点は常に

 

 

「何かがあること」の異常さ

 

そしてその異常を突きつけられている自分が常にそこにいる

 

 

「どうしてこんなことになってしまっているのか?」

 

「なぜ、この世は、このような形態で、わざわざ存在しているんだろうか?」

 

 

 

そして何より

 

この中途半端に操作性のある主体としての主人公

 

 

自分と世界の関係が

 

あたかも当然のことのように繰り広げられている今

 

 

 

 

一体全体、どういうことなのか?

 

 

 

 

何かがあることへの異常さ

 

何も無ければ

 

それで全く何の問題もなかったじゃないか

 

 

なぜいちいち細部にまでこだわったかのような世界が

いちいち、私という主役をたたえながら在るのか?

 

 

 

 

疑問があるからこそいい

 

 

疑念に近い、飲み込めない態度が自分にあるから良い

 

 

 

だから、

 

キレイに飲み込もうとできる

 

 

感覚的ではなく

 

理性的に、処理せざるを得ない

 

 

だからいい

 

 

目の前で展開している世界の歴史と

 

一見の必然性

 

 

 

自分を今、この場へ運んだ物事

 

 

 

 

しかし、「氷河期が地球になかったら良かったのに」

 

なんて後悔が意味を持たないのと同じくらい

 

 

自分が今、これから直面することになっている現実に対して

 

もっとああしていればよかった

もっとこうしていれば、こうはなっていなかったのだ

 

なんて後悔に意味はない。

 

 

 

大昔の遺跡を見て、「恐竜の足跡が、もう少しだけずれていたら良かったのに!」 と憤慨する人はいないのに

 

なぜか同じ過去を

 

 

どうやら現在に近い過去についてなら

 

現在に近ければ近いほど

 

憤慨するほどに後悔したくなる時があるようなのだ。

 

 

 

あの時ああしていれば今ごろは・・・

 

 

 

あらためて納得したい

 

 

後悔には全く意味がない

 

 

過去という絶対の世界の設定の前で

 

それが違っていたら良かったと嘆く

 

 

 

100%、それは不可能

 

 

もっと言えば

 

この今ある認識できる世界の様すべてが

 

 

これ以外の様であり得ず

 

 

 

その一番手前に、自分がいる

 

 

これが今日、自分が臨む世界の在り様であり

 

 

これ以外というのはあり得ない

 

 

 

 

突然、わけのわからないものが突きつけられたように感じようが

 

すべてが後悔の中にあろうが

 

 

あるいは逆に、とても望ましいことのように受け入れようが

 

 

 

とにかくそこにあるのが現実であり

 

 

これだけが、真実だ。

 

 

 

現在の自分に、これをどうこうする力は全くない。

 

 

 

できるのは、想像の中の未来に、ああしよう、こうしようということだけ

 

 

目の前の現実は

 

ただ単にそうあるものだ

 

 

過去の自分が何かをしでかしたのかもしれないし

誰かのいたずらかもしれないが

 

 

目の前の現実は

 

体験する自分にとっては

 

「単なる全て」でしかない。

 

 

 

だからいつも自分は間違っていない

 

 

 

在る世界に、生きるのだ

 

 

 

圧倒的な変化が欲しければ

 

一度、現実をないがしろにし、未来という妄想を始める

 

 

 

今、目の前にある全ては、単なる全てでしかない

 

そこに直面している自分には、なんの間違いもない

 

 

 

 

心配せずとも、不安があろうがなかろうが

 

それは「全て」でしかない。

 

 

 






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